アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2015-11-13

社会に貢献する人

アドラー心理学(パセージ・プラス)では「社会に貢献する」ことを学びます。

「勉強する」目的も「社会に貢献する人になる」ことだと考えます。
受験のためでもなければ、親のためでもなければ、自分のためでもないのです。

私自身がそのように自覚して生きてこなかったので、 本当に大事に考えておかないと、1年生、学業を始めて1年にも満たない息子への声掛けが全く意図するものと違う方向へ向かうことがあります。

「100点、すごいね」
「またこの漢字を間違ったのね」

「100点とったらおもちゃを買ってあげる」のような賞
「勉強しないと遊びに行かないよ」のような罰

こんな分かりやすいことはしていないけれど、
成果に対する言葉掛けも勇気くじきになるんですよね。

丁寧な説明は、アドラー心理学論文集の 「勉強をする子に勇気づける」で読むことができます。




さて、「社会に貢献する人になる」というを「勉強する」目的とするために、将来の夢について子どもの話を聞きましょうということをパセージプラスで学びました。

こういう話、私はとても苦手です。
自分自身の子どものころを思い出しても、
「将来、何になりたい?」
「ケーキ屋さん」と 無邪気に答えていたのは幼稚園時代までだったように思います。

でも、目的があるからこそ頑張れる。
学業を終え、社会に貢献する自分を目標にし、
そのために勉強を頑張り、行きたい道を選んでいくわけで、
○○大学入学、○○高校入学という目標はあくまで通過点、場合によっては「社会に貢献する人になる」のに、これらの学歴が必要でない場合もあることを考えておかないと 簡単に見失いそうになるような気がしてなりません。

そのために、将来の夢について子どもと話をし、
お互いに「社会に貢献する人」を想像するのはとてもいい機会だというのはよく分かります。

だからといって苦手意識がなくなるわけではないので、
面と向かって
「息子くんは将来、何になりたい?」
「娘ちゃんは大きくなったら何になりたいの?」
そういう風に話しをすることは難しいので、

息子がブロックで作った作品を「このロボットは走ったり、飛んだりできるんだよ」と話してくれた時に 「おお、いいね~こんなの本当にあったらすごいよね。息子くん大きくなったら作ってね」とか、

娘とままごとで遊んでいるときに「このケーキおいしいよ、本当は食べらないけどね」とままごとなのにふと現実的なことを言うと「大きくなったら娘ちゃんが食べられるおいしいケーキ作ってね」とか、

「社会に貢献する人」を子ども自身が想像できるように声掛けをしようと心掛けています。

もちろん 夢が夢で終わらせないためには努力も必要で、
そのための努力ができるために勇気付けはなかなか難しいところです。


努力をする、しないの結果を受けるのは子ども自身
勉強のことになると子どもの課題なのに、すぐに介入したくなっちゃうので、気を付けないと。

     

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