アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2016-01-28

次から次へと気になること

年中の娘の「朝の出発」問題から少し解放されたと思ったら、次はまた違うことが気になりますね。

「一難去ってまた一難」ですが、
一難と思うかどうかは私の主体性のなすところ。

陰性感情を作りだしているのも私。
そう理解しても、陰性感情をのりこえるにはまだまだ道のりは長い。

ここ最近、子どもたちの私が不適切だと感じる行動を整理してみようと思います。


息子(小学1年生)

2年生への進級を見据えて、学校からの時間割の連絡がプリント配布から、子どもたち自らが前日に時間割を連絡帳に書き留めるというスタイルに変える移行期間になりました。

筆箱の中身が揃っていないだとか、
給食袋に歯ブラシを入れ忘れただとか、

完璧とはいえないものの、時間割のプリントを見ながら準備ができていたのに、
連絡帳に書き留めるスタイルになってから、教科書の入れ忘れなどが続いています。

やり方が変わったのに上手くまだ対応できないのかな~?
ちゃんとできていたのにできなくなって
私は「どうして?」の不安と「やればできるでしょ」の怒りというか責める陰性感情を持っております。

「必要なものを自分で書き留め、準備して学校に行く」は自立への道ですから、お手伝いをしたいのですが、陰性感情を使ってお手伝いをしていては、たとえ行動面で自立できたように見えても、
心理面では勇気をくじいてしまいますので、行動面、心理面ともにいい方向に向かうように、少し自分自身を点検してみます。




息子(小学1年生)&娘(年中)

ほぼ毎日、兄妹喧嘩
この光景を見るのに少しは私も耐性できるようになったものの、

「イヤだ」「やめて」と言い続けているのに続ける息子の執拗にも見えるちょっかいと、その時に娘がよく言う「お母さんに言うもんね」の言葉

「仲良く暮らそうよ」というメッセージは言葉にして伝えているのですが、それだけではどうも上手く、子どもたちには伝わっていない様子。上手く言葉に表現できないけれど、モヤモヤするのです。
この私のモヤモヤの気持ちの点検と子どもたちの行動の目的を聞いてみようと思っています。



私が陰性感情を持たずして子どもと向き合える態勢を整えるため、問題(エピソード)の自己分析をしてみます。



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