アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2016-03-18

行動の目的=話を聞こう

私の行動にも目的があるということは、子どもたちの行動にも目的があるということ。
それが私が陰性感情を持つ行動であっても、子どもたちにも子どもたちなりの目的があるということ。

親の私は子どのの行動に陰性感情を持ったとき、その目的を勝手に想像したり、決め付けたりして、子どもの目的を聞かずに否定することが度々あります。

賃貸に住む我が家のお風呂には追い炊き機能がありません。
寒い時期は、子どもたちは40度でも十分温かいそうだけれど、私は寒い、そんな時は、高温(60度)のお湯を足して、冷えるお風呂を温めたりします。

そういうことを知っている娘が私がシャワーを浴びて髪の毛を洗っているときにお湯の温度の設定を変えて60度にしました。急に熱くなってびっくり。びっくりしたと同時に「何をしているの」と陰性感情を持って大きな声で叱りました。そこで止めておけばよかったのに、「なんでそんなことするの。もう勝手に触らないで」とダメ出しの大きなもう一言を出しました。

ここずっと、大きな声で感情的に言うことで子どもたちを動かすことの多い日々が続いていることを自覚していたこともあり、その一言を出した後、「またやってしまった・・・」と後悔。

しょんぼりしている娘の顔を見て、自己嫌悪。

お風呂で温まりながら、落ち着いてきたところで、娘と話すことにしました。

母「娘ちゃん、どうして60度にしたの?」
娘「お母さん、温かい方がいいかな~と思って」

60度のお湯を出すことが危ないことを伝えてはいたものの、やり方を知っていた娘は私のために動いてくれていたんですね。なのに、陰性感情を持って叱ってしまいました。

母「そうか、ありがとうね。でも、60度はね、やけどするんだよね。とても危ないからね、娘ちゃんはその温度にしないでね。娘ちゃんが触ってもいいのは41度まで。いいかな?」
娘「43度にしたこともあるよ」
母「そうか、じゃあ、最高で43度までね、危ないからね、約束ね」
娘「分かった」
母「大きな声を出してごめんね」


分からないなら聞けばいいのに、その手間を省いてしまうことはとても怖いです。
私のためにと思って動いてくれていたのに、否定したままで終えずによかった。

本当は、大きな声で陰性感情を持って勇気くじきをすることなく、先に話を聞けるといいんだけれど、その域に到達するにはまだまだ。

まだまだだけれど、一度否定の声掛けをして勇気くじきをしたとしても、そのことに気付いたなら、話を聞いてみる。話を聞いて、子どもたちの目的を知って、本当によかったと思うことはいっぱいあります。不適切な行動(私が陰性感情を持つ子どもたちの行動)にも必ず、適切な面があるのです。それを知らずに子育てをし続けるのは、子どもに「親は何も分かってくれない」という気持ちを芽生えさえ、子どもとの信頼関係を失うことになるような気がするのです。

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