アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2016-11-18

ごはんは残さず食べる

娘のごはんの課題はもう一つあります。
私は「ごはんは残さず食べる」という考え=私的感覚を強く持っています。
強く、というのは、家族以外の方達と外食する経験を幾度となく繰り返して、感じたものです。

幸い、ダンナとは同じ私的感覚で衝突することはほとんどありませんが、この私的感覚の強さから、子どもたちとは度々衝突します、特に、娘と。

衝突を回避するために色々と対処してきました。

例えば、 (いー=娘)
その1
私「いーちゃん、これ食べる?」
娘「うん」

その2
私「いーちゃん、どれくらい食べる?」
娘「ふつう」
私「これくらいでどう?」とお皿に盛った量を見て確認する。

それでも尚、時々、お腹がいっぱいになっちゃったとか、思ってた味と違ったとか、残すことがあります。

でも、私は「ごはんは残さず食べる」ことに強い想いがあるので、食べると言ったのに食べないという娘の行動に−4とか−5の強い陰性感情を持ちます。

ただ、その強さゆえに、「ごはんは残さず食べる」ことを絶対的な目的としていました。「許しません」の勢いです。それが衝突を生むわけで、0か100かの白黒はっきりでなく、グレーを目的にすることにしました。

私はお腹がいっぱいでも、自分の私的感覚から、少々無理してでも残さず食べるよう努力しますが、「ごはんは残さず食べる」ことへの想いの度合いは人それぞれで、またその努力の度合いもそれぞれでだからこそグレーでいいのかなっと。

「ごはんは残さず食べる」ことへの私の想いは私の意見として伝え、目的の達成は人それぞれでいいのかな。

どうしても、するかしないかについて、すること=適切な行動には気付き難く、ごはんは残さず食べるにしても、他にも気になる、ゴミをゴミ箱に捨てるも、使わない電気は消すも、しなかったことには自然と気付くんですよねー。でも、必ず、気が付いていなくても、これに限らずちゃんと適切な行動をしている時があるんです、そこに注目を。





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