アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2016-11-04

勇気づけの構え

ご飯をダラダラと食べる娘に陰性感情を持つその目的は何か?と自問自答したところ、
「ご飯をササッと食べてもらって、片付けを始めたい」という自分自身のために陰性感情を持って娘を動かそうとしていることに気が付きました。

ダラダラしているように感じるのは、私の目線。
ご飯で遊んでいるわけでもなく、テレビを見ながら食べているわけではなく、ゆっくりと食べている娘は色々と思いながら、食事をしているのでしょう。それを邪魔するのは協力的とは思えません。

だからといって、1時間近くも食事を楽しまれると、後片付けが全く進みません。
後片付けを始めたい私に協力をしていただきたいと願っています。

「早く片付けたいから、早く食べて」では競合的で
「何時までにご飯食べ終えられるかな?」の質問ならば協力的になるでしょうか?


私の希望に合わせてもらうのではなく、2人で折り合いをつけながら生活すること。一緒に生活を営む者として必要なことだと思います。それを目標にするならば、協力的といえるような気がします。どの言葉を言うにしても、「私の希望の時間までに食べなさい」という構えでは競合的。
まずはその構えが変えられるかが勇気づけか勇気くじきかの違いになるのかな。



先の記事にも書いた「自分のことは自分でして下さい」という言葉にしても、

子どもが自立に向かうための目的でいうのと、
なんで、自分のことは自分でしないの、できるでしょと、できることをしない子どもを責めているならば、同じ言葉でも全く違うように伝わるように感じています。

相手を想っての言葉なのか、自分自身のための言葉なのか、構えというのはちゃんと言葉にのって伝わります。

パセージ、パセージプラスの中で、リーダーさん、先輩アドレリアンさんからたくさん教えていただいた構えの違いについてあの時は「????」だったけれど、ここにきてようやく分かったような気がします。





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