アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2017-06-26

それぞれの学び

うちの兄妹、全く違った性格をしています。
体質も違うのか、兄妹で、風邪やインフルエンザなどの感染の病でも、一緒の部屋で寝たとしてもうつることないほど!の違いを持つ2人。

こんな兄妹、同じように接しても学びが違います。

例えば、我が家は私が夕ごはんの後片付け=食器を洗う時に
「今から洗い物を始めまーす」と宣言することにしています。

学校に毎日持って行く給食セットの管理は子どもたちそれぞれの課題です。
それでも、使い終わった箸やコップを洗うこと、ナフキンなどの洗濯やそのアイロン掛けは、家事のついでもあるので、私が担うことで協力を申し出ています。その協力の申し出ての声掛けが「今から洗い物を始めまーす」です。もちろん、この声掛けに込められた私の意見も説明して決まった声掛けです。

その私の声掛けに
息子は洗い物(給食セット)を出さない、娘は出す、それぞれが違う選択をします。

私が子どもなら?と考えたら、絶対、娘の「出す」を選択します。
ダンナには直接聞いたわけではないけれど、日々のダンナから息子への声掛けからすると「出す」を選択するのだと思われます。だから、息子の「出さない」の選択には3人とも???で分からないところ。息子以外の3人は「出せば洗ってもらえる!」と思い、息子は「自分でやります!」と思っているようです。

というには、息子は学校に行く前に、淡々と自分の給食セット(箸とコップ)を洗い、キレイにして準備をします。時にギリギリで焦っている時はあるけれど、決して、「何でお母さんが洗ってくれないの!」とは言いません。自分の課題だと理解して淡々とです。

こういう息子の行動を目の当たりにすると、息子の「出さない」選択は何も間違っておらず、ただただ、私とは違う選択をし、また違う方法で自立へと歩んでいるのだと思えるようなりました。

自立への道は色々あって、私が想像できない道もあるんだろうな。
想像できないことが起きると不安になるけれど、子どもたちとは話ができる間柄、聴くことでしか子どもたちの考えが分からないのだから聴く。

陰性感情を持つエピソードの多くの行き着くところは「子どもの話を聴く」だったりします。


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