アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2017-11-13

子どもたちの主体性

子どもたちが小学3年生と1年生になって、小学生からのイベントに一緒に行けるようになりました。先日は「エッグドロップ」という卵を割らずに落とすための工作イベントに行きました。

「参加の前に色々と調べてきて下さい。でも、はじめての方には型紙を用意しています」との案内があったので、

「はじめての参加だし、まずは教わるつもりで型紙をお借りしよう」と事前準備の必要性を子どもと相談することもなく親の私が決めちゃいました。正直なところ、参加の前に、色々と調べることが面倒で放棄しちゃったんです。

予備知識もなく会場に行って、ようやくルールを理解した私たち親子。

私は「型紙をお借りして、今回はどういう仕組みかを理解して楽しめばいいよね!」の気持ちだったので、

子どもたちに「型紙を借りて、作ってみようか?」と提案してみたけれど、結局のところは2人とも型紙から作った完成形をヒントにして自分たちで作品を完成させました。私は、小学3年生、1年生が頭に描いたものを、どうしたら作れるかの技術的なサポートとアドバイスをしただけでした。

自分たちで完成させた作品でエッグドロップをしたところ、息子の卵はヒビが入り、娘の卵は割れてしまいました。でも、2人とも「自分で作った!」という気持ちがあるのか、何だかとてもスッキリと結果を受け止めておりました。

アドラーを学ぶ前や、学び始めてもまだしっくりと来ていなかった時期は、子どもたちの年齢がまだ小さかったことも関係するけれど、私の頭は「しっかりと完成させて、失敗をさせないこと」に軸がありました。だから、子どもの意見を聞くこともなく、「こうしたらいいんじゃない」「ああしたらいいんじゃない」というアドバイスだらけ。アドバイスという名の指示だらけでした。


アドバイス(指示)だらけで作った作品がどれだけいい結果を残せたとしても、子どもたちの満足度は、子どもたちが主体で作った作品で失敗した方が大きいと今は思っています。

こういう考えを持てるようになったのは、アドラー心理学のパセージが大きく影響していると思います。

結果ももちろん大事ですが、結果ばかりを優先させると、子どもたちの主体性が小さくなります。
日々の目線でも結果ばかりを優先させると、子どもたちは「与えられた型紙で成果を残すこと」から抜け出す勇気がなくなるようにも思うのです。

私は子どもたちには人から与えられたものをこなす人生でなく、自分で考えた人生を歩んでほしいと思っています。今回の工作は、結果だけみると失敗かもしれないけれど、その過程においては大きな勇気付けになったかなっと思っています。

ま、途中で、私のアドバイスを受け入れてもらえずイラっとしたけれど、そのイライラも何とか自分の中で消化させたしね。

子どもたちは「次はこうしよう!」という気持ちを持っているみたいだし、その気持ちが次へつながる大事なこと。そういうことを日々、自分で考えていってほしいと願っています。


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